【読了レポ】海の見える理髪店/荻原浩
私は現在、広告代理店に勤めています。
はじめて荻原浩さんの作品を手に取った際、その動機は「荻原浩さんが広告代理店出身だったから」でした。(その際は『神様からひと言』を読みました)
だから今回も、「広告代理店出身の荻原浩さんの直木賞受賞作品を読まない訳にはいかない!」といった具合で『海の見える理髪店』を手に取りました。
この作品は6つの物語が収録されている短編集になっています。
そのどれもが「家族」をテーマに描かれていて、思い通りにいかない現実や、後悔している過去と向き合う過程が、ユーモアを織り交ぜながら綴られています。
荻原浩さんの作品は、難しいテーマや重苦しい描写の中に、ユーモアが散りばめられていて、良い意味で読み味が軽い印象です。
(代理店出身、元コピーライターならではの見せ方の上手さだったりするのでしょうか。)
今回、特にそれを感じた物語は、6つ目に収録されている、『成人式』という物語です。
この物語は、当時15歳であった娘を亡くして以来暗くなってしまっていた夫婦が、日常を変えるべく、夫婦揃って、娘が出席するはずであった成人式に参加する、というものです。
前半部分は、娘を亡くした過去から抜け出せない夫婦の様子が綴られていて、どこか悲しい物語のように感じられました。(娘と同年代のタレントが出ているCMを見ないようにしたり、言い訳をつけて娘の分の夕食を用意したり、、悲痛な夫婦の日常が綴られています。)
ただ、ここからのどんでん返しが秀逸です。
先に説明してしまいましたが、ちょっとしたきっかけから、「夫婦揃って、娘が出席するはずであった成人式に参加する」という展開に突入します。
夫婦は、「娘の代わりに」と意気込み若づくりをし、振袖を選び、羞恥心と戦いながら成人式に臨む中で、徐々に明るさを取り戻していきます。
物語の最後には、暗い過去を受け入れ、前を向いて歩むことを決意します。
「娘の死と、その過去に苦しむ夫婦」という重苦しいテーマを小気味良く描き、読む人に前へ踏み出す勇気を与えてくれる作品、まさに荻原浩さんの真骨頂だと感じました。
上記した『成人式』以外の5作品も、同様の荻原節が存分に感じられます。
「広告代理店出身だから」というかなり適当な理由で触れることになった本作ですが、案外、それが良かったのかもしれません。
暗闇の隙間から寄り添うような心地良い作風は、人々の可処分時間に寄り添う広告のそれと近いものがあるのかもしれません。
誰もが持ち得る日常の暗い部分との戦いを、笑顔を持って、そっと後押ししてくれます。
『海の見える理髪店』、日常に疲れた時に読み返したい作品になりました。
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